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名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)564号 判決 1980年1月30日

控訴人 和田常弘

右訴訟代理人弁護士 林千衛

被控訴人 松本きい子こと 洪順伊

右訴訟代理人弁護士 清田信栄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

(主張)

一  被控訴人の請求原因

1  別紙目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)はいずれも被控訴人の所有であるところ、これらにつき控訴人を権利者とする次の(一)ないし(三)のとおりの各登記(以下「本件登記」という。)がなされている。

(一) 岐阜地方法務局美濃出張所昭和四八年六月二六日受付第三六四二号抵当権設定登記

(二) 同出張所同日受付第三六四三号条件付所有権移転仮登記

(三) 同出張所同日受付第三六四四号停止条件付賃借権仮登記

2  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件不動産の所有権に基づき本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因事実はすべて認める。

三  控訴人の抗弁

1  控訴人は、昭和四八年一月ころ以降、訴外竹田順子に対し、被控訴人の夫である訴外松本こと李順道名義で振り出された約束手形を割引いてやっていたが、同年六月一五日ころ当時、右割引の結果控訴人が所持している順道を振出人とする約束手形は六通、その金額は合計一二七〇万円に達していた、ところが、そのころ控訴人は、順子から、被控訴人が、右手形金をその満期(同年六月二三日ないし八月二四日)に支払えそうもないので、本件不動産を担保に入れるから、右支払を猶予してほしいと望んでいる旨聞かされた。

そこで、これを契機として、被控訴人と控訴人は、同年六月一五日ころから同月二二日までの間に、岐阜市内の順子方等で再三話合をした末、同月二二日同市内の大槻益弘という司法書士の事務所において、被控訴人の長女でその代理人である訴外平山こと李直美と控訴人との間に次の(一)ないし(三)のとおりの契約が成立した。

(一) 被控訴人は、順道の前記約束手形六通についての控訴人に対する振出人としての支払債務を重畳的に引き受け、右引受によって負担した被控訴人の控訴人に対する債務をもって消費貸借の目的とするいわゆる準消費貸借の約をなす。

(二) 右六通の手形は、もとより順道により有効に振り出されたものであるが、訴外山本竹子こと金桂花、その夫の訴外山本治郎、訴外宮本こと金貴美子、その夫の訴外宮本武夫においては、控訴人に対し、金員の借主として又は右六通の手形の裏書人として、合計一二七〇万円の支払債務を負担していたものであって、右(一)の約により被控訴人の引受の目的となった旧債務というのは桂花らの右債務とみる余地もある。控訴人は、該引受の目的となった旧債務の内容に関し、右の点を前項の主張と択一的に主張する。

(三) 右(一)の準消費貸借上の債務を担保するため、本件不動産について、被控訴人は、控訴人を権利者として抵当権を設定し、右債務不履行のときは控訴人の一方的意思表示で代物弁済のため控訴人に所有権を移転することとするほか、右債務不履行を停止条件として控訴人を借主とする期間三年、賃料月額一〇円の賃借権を設定する。

右契約成立後引き続きその場で、直美と控訴人は、それぞれ所要書類を作成し、前記大槻司法書士に右契約に基づく登記手続をなすことの委任をなし、右委任に基づいて同司法書士のなした手続によって本件登記がなされたものである。

2  仮に、前記順道振出名義の前記六通の手形が真実は順道によって振り出されたものではなく、偽造にかかるものであって、これにつき同人が振出人としての責任を負わない筋合のものとしても、

(一) 被控訴人がこれを理由に前記債務引受の効力等を否認し、控訴人に対し本件登記の抹消を求めるのは信義則に反し許されない。

すなわち、被控訴人は、前記1の契約成立後の昭和四八年七月二日、同契約所定の一二七〇万円の分割支払のため作成されて控訴人に交付された順道振出名義の約束手形二〇通余に、みずから順道の印章を押捺し、あるいは他人をして押捺せしめているのであるが、これが順道の了解をえないでなされたものとすれば(その了解があったとすれば、前記六通の手形についても同人が真実振り出したものであることを推知せしめるものである。)、被控訴人としては、手形法八条の類推適用によりみずから右六二万円の手形につき振出人としての責任を負うべきものである。このことと本件登記自体は前記のとおり被控訴人の意思に基づいてなされていることからすると、被控訴人において、前記六通の手形が真実は順道の振出にかかるものでないということだけを理由として、控訴人に対し本件登記の抹消を求めるのは信義則に反するものというべきである。

(二) 順道は、昭和四八年一二月中に、控訴人に対し示談の申入をなしたものであるが、その際控訴人に対し、前記六通の手形の振出につき追認をした。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

抗弁事実はすべて否認する。

なお、控訴人主張の契約前に順道名義で振り出された約束手形は、その主張の金額合計一二七〇万円の六通の手形を含め、すべて訴外山本竹子こと金桂花の偽造にかかるものであって、順道の全く関知しないものである。すなわち、桂花は、口実をもうけて被控訴人から順道の印章を借り受け、これを用いて、順道はもとより被控訴人すら知らないままに、順道振出名義の右手形を偽造したものであって、これらにつき順道が責任を負ういわれはない。してみれば、控訴人主張の契約は、仮にそれが締結されたとしても、該引受の目的となる旧債務がないのであるから効力を生ずるに由がなく、よって、本件登記はその被担保債権を欠く無効のものといわなければならない。さらに、昭和四八年七月二日に順道名義で振り出された二〇通余の手形は、控訴人らにおいて、被控訴人に対し、順道の了解のないことを知りつつ、後記再抗弁1のとおり申し向けて偽造を教唆した結果、やむなく被控訴人においてこれに順道の印章を押捺し又は他人をして押捺せしめたものである。しかして、手形法八条は、相手方が善意者である場合に適用されるものというべく、右のように控訴人らが悪意であるのみならず、偽造を教唆したような場合にはもとよりその適用はないうえ、右押捺を根拠に控訴人主張のように本訴請求が信義則違反とされる余地もない。

五  被控訴人の再抗弁

1  仮に控訴人のいうとおりの契約ができたとしても、これは、控訴人ないしこれと一体となって行動していた訴外竹田順子において、被控訴人及びその代理人たる訴外李直美に対し、前記被控訴人の桂花に対する順道の印章の貸与や桂花による順道振出名義の手形偽造のことが順道に知れたら大変なことになる。これが知れないように協力せよ、そのために形式的なものだから印を押せ等と申し向け、その旨被控訴人らを信ぜしめ、その結果真実は順道が負担するいわれのない一二七〇万円の支払債務につき被控訴人がこれを引き受ける旨その他の約定をさせてできたものというべきである。

2  この事実に照らすと、右契約は、当事者間の通謀による虚偽の意思表示によるものとして、法律行為の要素に錯誤があるものとして又は被控訴人及び直美の窮迫に乗じてなされた公序良俗違反のものとして無効のものというべきである。しかして、また一面においては、右契約は、控訴人らの詐欺又は強迫によるものといわなければならないので、被控訴人は、昭和五四年九月五日の当審における本件口頭弁論期日において、控訴人に対し、詐欺又は強迫によるものとして右契約を取り消す旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する控訴人の答弁

再抗弁事実はすべて否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

一  請求原因事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人の抗弁について順次検討する。

1  抗弁1――本件登記経由までの手続等に関するもの――について

《証拠省略》中には、右抗弁事実(その(二)の事実を除く。)にそう供述があるが、これは、《証拠省略》に照らすと、たやすく措信できないものであり、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、右対照証拠と《証拠省略》を総合して考えると、訴外山本竹子こと金桂花は、昭和四六年ころ以降、訴外竹田順子から自己振出の約束手形によって金融を得ていたが、回を重ねるうち手形の不渡りを来たし、もはや自己名義の手形の振出をなしえない状況となったこと、そこで、桂花は、順子の勧告に基づき、昭和四七年八月ころ、かねて親交のあった被控訴人から、銀行で割引くから貸してくれ、自分で決済して迷惑をかけないと申し欺いて、被控訴人の夫である訴外松本こと李順道の印章とその取引金融機関である岐阜信用金庫美濃支店発行の約束手形用紙帳で、支払場所として同支店名が印刷されている手形用紙二、三枚を残したものを一時借り受けたこと、その際桂花は、右手形用紙を用いて順道名義の手形を振り出したのみならず、右用紙帳に編綴されていた新用紙帳交付請求用紙に、ほしいままに順道の印章を押捺しておいて、これを用いて右支店から二五枚綴の新用紙帳の交付を受け、再度別の口実をもうけて被控訴人から順道の印章を借り受けて右新用紙帳のすべての手形用紙に右印章を押捺し、さらに、その後二回にわたって右同様の方法で用紙帳を入手して手形用紙に順道の印章を押捺し、昭和四八年六月ころまでに数十通の順道振出名義の約束手形を作成して順子に交付したこと、桂花は、もともと自己の化粧品セールスの仕事の資金とするため順子から借金したものであり、その借金の一部は訴外宮本こと金貴美子がその夫の宮本武夫と共にやっていた運送業の経営資金として同女の方にまわしてやっていたが、のちには、期日に返済が困難となり、ただ返済のためにのみ新たな借金をして順道名義の手形を振り出すということを余儀なくされ、結局同月ころまでに順子の手中には、右手形のうち金額合計一二七〇万円の六通(現に控訴人所持。)が残ることになったこと、それまでの手形については、桂花において期日前ころにみずから決済してきたものであるが、同月ころに至り、順子は、桂花に対し、もうこのままでは金員の融通はできない、清算してくれ等と通告するとともに、手形は間違いなく順道が振り出したものとの同人名義の念書を持参するよう要求したので、桂花は、やむなく口実をもうけて被控訴人から順道の印章を借り出し、右の旨記載した念書を作成してこれに右印章を押捺し、これを順子に手交したこと、一方順子は、そのころ、被控訴人に対しても、桂花から受け取った順道振出名義の手形が一二七〇万円に達している、これが順道に知れたら大変なことになる、被控訴人は一生順道からいじめられることになる、悪いようにはしないから協力してくれ、そのためには被控訴人及び順道の印章と被控訴人の印章についての印鑑証明書が必要だ等と申し向けたこと、被控訴人は、自己が桂花に貸した印章によって右のような事態が生じていることをはじめて知って驚くとともに、右印章貸与が順道には無断であったため、同人に事の次第が発覚するのをおそれてやむをえず、順子の申出を受け入れることとし、右印章等を順子方に届ける日とあらかじめ打ち合わせておいた同月二二日に至り、急拠知人に方法を聞いて自己の印章を登録するとともにその印鑑証明書の発付を受けたが、あれやこれやで気が重く、みずから届けに行く気になれなかったので、娘の平山こと李直美に対し、右印鑑証明書と自己及び順道の印章を封筒に入れて持たせ、これを順子に届けるよう命ずるとともに、順子に架電してその旨の了承を得、かつ、受渡場所を順子方から美濃市役所前に変更する旨の指示を受けたこと、同市役所で順子と落ち合った直美は、順子から、被控訴人の了解は得てあるから本件不動産の登記済証書を持参するようにといわれ、近くに居住する祖母方からこれを受け取り、順子の指示するままともに岐阜市内の司法書士大槻益弘方事務所に赴いたこと、直美は、同事務所において、順子から、被控訴人を助けるためだ、その承諾を得ている、借金は桂花が返すので被控訴人には負担をかけない、仮に作るものだあるいは形式だけのものだといわれ、順子及び大槻の指示するまま、内容については必ずしも十分な理解をしないで、借主を被控訴人、貸主を控訴人、連帯保証人を順道、金額を一二七〇万円、弁済期日を昭和五一年六月末日とし、本件不動産に抵当権を設定するとした借用金証書に被控訴人及び順道の印章を押捺したり、一部の記載をしたりし、さらに本件登記手続を大槻に委任する旨の被控訴人名義の委任状に被控訴人の印章を押捺したこと、これらの書類に基づいて本件登記がなされたこと、以上のとおり認められる。

右事実関係によれば、直美に被控訴人を代理して控訴人主張のような契約を締結する代理権があったものとは到底認定しえず、また、直美に右契約を結ぶ意思があったとするにもなお十分な根拠があるとはいえないのみならず、順道振出名義の約束手形はすべて桂花の偽造にかかるもので順道としてはこれにつき支払責任を負わないものとせざるをえないところであるので、控訴人のいう引受の目的となった旧債務が順道の手形上の債務とされる限り、該旧債務が存在しないという点で右債務引受ないしこれに基づく準消費貸借契約はその効力を生ずるに由がないものである。なお、控訴人は、右旧債務は、桂花らの控訴人に対する一二七〇万円の金員貸借上又は約束手形上の支払債務とみる余地もあるというが、桂花らが控訴人に対し右のような債務を負っていたこと、さらにこれらを被控訴人が引き受けたことのいずれの点についてもこれを認めるべき証拠はない。

してみれば、抗弁1は失当であって採用することができない。

2  抗弁2の(一)――信義則違反に関するもの――について

本件各証拠によれば、被控訴人が、控訴人主張の日にその主張の約束手形二〇通余にみずから順道の印章を押捺しあるいは他人をして押捺せしめていること、そして、これは順道に無断でなされていると認められる。

しかしながら、前項で採用した各証拠によれば、右捺印等は、順子及び控訴人において、右無断でなされることを知りつつ、被控訴人に対し、順道に知れないようにしてやるから協力してくれ、桂花らが払うから心配ない等と申し向け(現にこのうち二通については桂花が決済している。)、被控訴人をしてやむなくこれに応ぜしめた結果であることが認められ、《証拠省略》中右認定に反する部分はたやすく措信できないところであって、この事実に照らすと、被控訴人において、たとえ右各手形につき無断捺印等をしたとしても、手形法八条によりみずからこれにつき振出人としての責任を負うべきいわれはなく、また、前項認定の諸事情と合わせ考えれば、本件登記の抹消を求めるのが信義則に反するものとなすことはできない。

よって、抗弁2の(一)は理由がない。

3  抗弁2の(二)――追認に関するもの――について

《証拠省略》中には、右抗弁事実にそう部分があるが、右部分は、当審証人松本こと李順道の証言及び弁論の全趣旨に照らし、たやすく措信できない。

してみれば、自余の点につき言及するまでもなく、この抗弁も採用の限りでない。

三  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は理由があるものとして認容すべく、これとほぼ同旨に出て右請求を認容した原判決は結局相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三和田大士 裁判官 浅野達男 伊藤邦晴)

<以下省略>

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